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−ワークショップ−(web①)
令和5年度 酪農教育ファームスキルアップ研修会(web①)
ワークショップ
堀北 哲也氏
日本大学生物資源科学部 教授


 私は普段、日本大学の獣医産業動物臨床学研究室で、牛や豚の病気や治療について教えています。今日の役割はファシリテーションについ皆さんと研修することです。
 私は大阪生まれ、大学は東京農工大学の獣医学科に進みました。どうして獣医になろうと思ったかというと、田舎の子が都会に憧れるように、都会育ちである私は農業や畜産などがやりたくて田舎に憧れていたからです。
 大学を卒業後、自分では牛を飼うことはできませんが、千葉農済で畜産に関わる仕事を29年間していました。2015年頃、日本大学に獣医産業動物臨床学研究室を新設する時に誘われて、今に至ります。
動かない親父
 まず私が千葉農済で独り立ちし始めたころの経験談をお話します。
 担当地域の農家のおじいさんから、子牛が下痢なので見に来て欲しいと連絡がありました。子牛を見に牛舎に入ってみると、子牛が一頭囲いの中に入ってぐちゃぐちゃに濡れている床の上に座っていました。
 一目見て、夏とはいえこの環境が良くないと思いましたが、診察、治療を済ませた後、農家のおじいさんに、単純な下痢なので下痢止めを打ったことと、床がぐちゃぐちゃなのが下痢の原因だと思うので新しい敷き藁と交換してくださいとアドバイスをしました。農家のおじいさんが、わかりましたと言ったので、その日はそれで帰りました。
 翌日行くと子牛は少し良くなっていましたが、床はぐちゃぐちゃのままでした。治療して、また農家のおじいさんに子牛は良くなっているので明日の治療で終わりそうなことと、やはり床がぐちゃぐちゃなのが良くないので藁を交換してくださいと伝えました。農家のおじいさんは、昨日は忙しくてできなかったのでごめんね、と言っていました。
 3日目です。子牛は順調に治っていましたが、床はぐちゃぐちゃのままでした。治療して時間があったので一緒に藁を替えました。また汚れると思うので、汚れたたら綺麗にしてくださいと伝えて帰りました。
 それから2、3週間ほどしたら、また子牛が下痢したと連絡があったので行ってみると、別の子牛が下痢をしていました。皆さんご想像の通り同じ状況です。床がぐちゃぐちゃでした。

 下痢は環境が悪いことが原因ではないかとアドバイスをします。農家のおじいさんは「そうだね、やっておくよ」と言いながら動いてくれませんでした。診療所に帰ってから先輩に報告すると、先輩はそのことを知っていて、「言ってもやってくれないから、もう言わないんだ」と言っていました。若い時の私はそんな責任放棄をしてよいのかと思っていましたが、半年後には何も言わなくなってました。
 ここで思ったのは「動かない親父」というキーワードです。
 大学で牛や豚などの病気のことや予防については一生懸命勉強しましたが、私と獣医師と動物の間に飼い主がいることは卒業してから気が付ついたのです。大学では飼い主にどう話しかけたらよいか、どうアドバイスしてあげたらこの人が動いてくれるかということは勉強してこなかったのです。
 動かない農家さんを動かすにはどうしたらよいかという壁に就職して半年後に当たって、その解決策を手に入れるまで十数年かかりました。「ファシリテーション」は今では普通の単語ですが私は2004年に初めて知りました。ファシリテーションとは何かというと、教えるのではなく、促すことで、この人が動き出すように促すことです。まさにそれだと思いました。農家さんをファシリテートしてきちんと動物を飼ってくれるような行動をするように促す手法が必要だったと思いました。ファシリテーションの業界にはノウハウがあることを知って、それを獣医業界に持ってきていろいろやるようになりました。
教えられる体験と引き出される体験
 豚を題材に授業形式(教えられる)とワークショップ形式(引き出される)の2つの形式を体験してもらいます。
 2つの形式を体験して、どういう違いがあるか、比較してください。
教わる場合
■話を理解する力が必要
■新しい知識、学び
■受け身

引き出される場合
■考える力が必要
■搾りだす感覚
■行動
■自ら考えてから答えを聞くので、理解が深まる
観察力「見えているのに見えていない」
 動物を扱う仕事は観察力が命です。今から私の悲しい体験談を話します。

 家畜診療所にいた頃の話です。農家さんから子牛が風邪ひいたと電話が入ったので見に行きました。行ってみると熱もあって状態が悪かったです。抗生物質や栄養剤を注射して、また明日様子を見に来ますと言って帰りました。そこの診療所は数人の先生で同じ地域を回っており、翌日はA先生が見に行きました。私は他の農家を診療して、夕方診療所に戻るとA先生が、風邪の子牛だけれど昨日と同じ注射を打ってきて、だいぶ良くなっているから明日も注射を打ってそれで良さそうだよと話をしました。そのあとA先生は続けて「子牛がいるところに掛かっていたブルーシートの裾がボロボロでそこから風が入ってくるからそれで風邪をひいたのかもしれないから、ブルーシートを補強して風が入らないようにした方がいいですよと農家さんに言ってきたんだ」と言ったのです。
 それを聞いた私はむちゃくちゃ悔しかったです。言われて思い出すと、ブルーシートがはためいて風が入っているのを見ていたのです。それが風邪の原因だということも認識していましたが、意識に残っておらず農家さんにアドバイスできなかったのです。
 少し経った頃、また同じ農家さんのところで今度は子牛が下痢したという連絡があり行ってきました。前回のことがあるので、隙間風がないか、部屋の温度はどうかなどいろいろ気にしながら、治療を行い、特にアドバイスすることはなかったので、また明日来ますと言って診療所に帰りました。次の日はまたA先生がその農家さんのところへ行って、夕方診療所で報告をしました。前回と同じでだいぶ良くなっているから明日また注射打てばいいよねと話しました。A先生は続けて、農家さんにどんなミルクをあげているのか聞いたら朝搾ったミルクをあげていると言っていたけど、常温でバケツに入れているミルクを夕方にもあげているみたいだから、真夏ではないけれど、冷蔵庫に入れるか、沸かしてからあげた方が良いと、飲ませ方等をアドバイスしたんだ。と言いました。
 それを聞いて私はまたむちゃくちゃ悔しかったです。今回は下痢だから口に入れるものにも注意しなければいけなかったのです。そのバケツも見ていたし、おそらくミルクが入っているんだろうと思っていたのに、意識に残らず帰ってきていたのです。
 病気の原因は分かっているのに、環境や口に入れるものに気づかず農家さんにアドバイスをすることができませんでした。観察力がなかったのです。さて私はどうしたら見逃さないでしょうか。

見落とさないようにするには?
■子牛の視点で見てみる、考えてみる
■先入観を持たない
■なんでも疑問に思う気持ちを持つ
■農家さんにもう一声踏み込んだ質問してみる
■次にそうならないように農家さんと一緒に考えてみる
観察して気づいたこと、その心は?
 牛が餌を食む動画を見て、観察したことを5つ以上挙げて、それが何を意味するのか、そこからどんなことを考えたらよいのかを考える。
例)気づいたこと:牛だということ/その心は?:牛ということを念頭に置いて、牛の餌を与えたり、牛の治療をしたりする

■牛の前足が出ている/牛床が短い、牛が大きいなど
■柱がすり減っている/古い牛舎かも
■しっかり反芻している/回数で調子をみる
■体も綺麗で蹄も糞などで汚れていない/牛床掃除が行き届いている
■飼槽にエサがない/食べたい時にまめる量を残して置いてもいいかも
■座っている/乾物摂取量が足りている

 何気ないことですが、その何気ないことの周りにいろんな観察ポイントがあって、そこにいろいろな意味があります。目的を持って観察すると、何が見えるか。それはたまたま見えるのか常に見えるのか、1頭にしか見えないのか複数頭なのかなど、そしてそうなった原因は何かを考える。
 農家さんがそうしている理由は何か、何を意味しているか、OKかNGなのかに焦点を当てて観察する。合わせて周囲も見る。偏見や先入観なく、初めて見るように観察することで、いろいろなことに気づいて、改善に対するアドバイスができるのではないかと思います。
最後に
 今日は皆さんに教わる体験と、引き出される体験をしてもらいました。それぞれに特徴があったと思います。また直接ファシリテーションとは関係ないですが、ファシリテーションを使って観察力を皆さんと考えました。
 もし僕に自分の牧場があって子どもたちを招き入れたら、「おじさんは日ごろから綺麗で美味しい牛乳をたくさん搾る工夫をしているよ、牧場内を自由に見て回ってその工夫を見つけてね!」と言って、子どもたちが見つけてきたことを聞いたり、共有したりしてから牛や牛乳の話をしても面白いかなと思ったりもします。もし体験の場で機会があったらぜひ活かしてほしいと思います。

日本大学生物資源科学部 教授 堀北 哲也氏

1960年 大阪生まれ
1986年 東京農工大学修士課程修了
  〃  千葉県農業共済組合連合会(ちばNOSAI連)
2005年 岐阜大学大学院連合獣医学研究科にて博士号(獣医学)
2015年 千葉県農業共済組合連合会(ちばNOSAI連)退職
  〃  日本大学生物資源科学部獣医学科教授
    (獣医産業動物臨床学研究室)
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