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−ワークショップ−(福岡会場)
令和5年度 酪農教育ファームスキルアップ研修会(福岡会場)
ワークショップ
伊藤 優真氏
帝京大学大学院 公衆衛生学研究科 客員研究員


 私は「日本一優しい獣医さんになりたい」を目標に活動をしています。元々は小動物の獣医なので大動物と携わる機会があまりありませんが、小動物の飼い主さんと獣医の関係と農家さん(大動物の飼い主)と獣医の関係には共通点があると思うので、なにかを気づくきっかけになればと思います。
 私たち獣医師は動物の治療スペシャリストですが、その動物自体のスペシャリストは飼い主さんです。見た目だけで得ることのできない情報、例えば普段の様子などは飼い主さんに聞かなければ分かりません。より良い治療を行うためには飼い主さんと獣医師の情報を合わせることが大切だと思います。今日は堀北先生(同日の安全衛生の講師を務めた)の経験談を交えながらと一緒にファシリテーション、コミュニケーションについて進めていきます。
動かない親父
 千葉農済で独り立ちし始めたころの話です。
 担当地域の農家のおじいさんから、子牛が下痢なので見に来て欲しいと連絡がありました。子牛を見に牛舎に入ってみると、子牛が一頭囲いの中に入ってぐちゃぐちゃに濡れている床の上に座っていました。
 一目見て、夏とはいえこの環境が良くないと思いました。診察、治療を済ませた後、農家のおじいさんに、単純な下痢なので下痢止めを打ったことと、床がぐちゃぐちゃなのが下痢の原因だと思うので新しい敷き藁と交換してくださいとアドバイスをしました。農家のおじいさんが、わかりましたと言ったので、その日はそれで帰りました。
 翌日行くと子牛は少し良くなっていましたが、床はぐちゃぐちゃのままでした。治療して、また農家のおじいさんに子牛は良くなっているので明日の治療で終わりそうなことと、やはり床がぐちゃぐちゃなのが良くないので藁を交換してくださいと伝えました。農家のおじいさんは、昨日は忙しくてできなかったのでごめんね、と言っていました。
 3日目です。子牛は順調に治っていましたが、床はぐちゃぐちゃのままでした。治療して時間があったので一緒に藁を替えました。また汚れると思うので、汚れたたら綺麗にしてくださいと伝えて帰りました。
 それから2、3週間ほどしたら、また子牛が下痢したと連絡があったので行ってみると、別の子牛が下痢をしていました。皆さんご想像の通り同じ状況です。床がぐちゃぐちゃでした。

 下痢は環境が悪いことが原因ではないかとアドバイスをします。農家のおじいさんは「そうだね、やっておくよ」と言いながら動いてくれませんでした。診療所に帰ってから先輩に報告すると、先輩はそのことを知っていて、「言ってもやってくれないから、もう言わないんだ」と言っていました。若い時の私はそんな責任放棄をしてよいのかと思っていましたが、半年後には何も言わなくなってました。
 ここで思ったのは「動かない親父」というキーワードです。
 大学で牛や豚などの病気のことや予防については一生懸命勉強しましたが、私と獣医師と動物の間に飼い主がいることは卒業してから気が付ついたのです。大学では飼い主にどう話しかけたらよいか、どうアドバイスしてあげたらこの人が動いてくれるかということは勉強してこなかったのです。
 動かない農家さんを動かすにはどうしたらよいかという壁に就職して半年後に当たって、その解決策を手に入れるまで十数年かかりました。「ファシリテーション」は今では普通の単語ですが私は2004年に初めて知りました。ファシリテーションとは何かというと、教えるのではなく、促すことで、この人が動き出すように促すことです。まさにそれだと思いました。農家さんをファシリテートしてきちんと動物を飼ってくれるような行動をするように促す手法が必要だと思いました。ファシリテーションの業界にはノウハウがあることを知って、それを獣医業界に持ってきていろいろやるようになりました。(堀北先生経験談)
教えられる体験と引き出される体験
 豚を題材に授業形式(教えられる)とワークショップ形式(引き出される)の2つの形式を体験してもらいます。
授業形式(教えられる):
学校の授業のような、講師が一方的に話をするスタイル。「豚の一生」について教えられる。
ワークショップ形式(引き出される):
参加者が主体的に考えて、参加していくスタイル。まず場づくりとしてゲームをしたのち、「豚舎の問題点」について考える。
 2つの形式を体験して、どういう違いがあるか、比較してください。

授業形式(教えられる)
■興味がない内容だと「ふ〜ん」
■聞くだけ
■後で聞かれても「?」になる

ワークショップ形式(引き出される)
■自分で考えるから、自分ごとになる
■理解が深まる
■受け入れる
■頭に入りやすい
コンテントとプロセス
 よく氷山のイメージで表されますが、海に浮かんでいる見えている氷山には実は見えていない下深くまであって、氷山の全てが見えているわけではありません。見えてる部分がコンテンツと言われていて、海面下の部分がプロセスと言われます。
 例えば、自己紹介で好きな食べ物を答えるときでも、多くの好きなものを思い浮かべた中で、初対面の人にマイナーな食べものを答えたら変に思われちゃうかもしれないと思って、当たり障りのない好きなものを言ったりすることがあるかもしれません。考えて出した食べ物が、見えているコンテントの部分です。
好きな食べ物を出すまでの過程で起こる様々なこと、感情などがプロセスの部分になります。
 ファシリテーションでは答えを教えれば良いわけではなく、どうして相手がそういうことを考えたのか、どうしてその考えにたどり着いたのかなどを考えることがすごく重要です。
観察して気づいたこと、その心は?
 牛が餌を食む動画を見て、観察したことを5つ以上挙げて、それが何を意味するのか、そこからどんなことを考えたらよいのかを考える。
例)気づいたこと:牛だということ/その心は?:牛ということを念頭に置いて、牛の餌を与えたり、牛の治療をしたりする

■飼槽にエサが全くない/たっぷりあげないと乳量が出ない
■牛体はきれい、毛づやがいい/健康状態がいい
■牛の足がでいる/牛床が短いのではないか
■飼槽にこの緑のレジン加工/掃除しやすい
■目が落ちていない/脱水症状ではない   など
 何気ないことですが、その何気ないことの周りにいろんな観察ポイントがあって、そこにいろいろな意味があります。目的を持って観察すると、何が見えるか。それはたまたま見えるのか常に見えるのか、1頭にしか見えないのか複数頭なのかなど、またそうなった原因は何かを考える。
 農家さんがそうしている理由は何か、何を意味しているか、OKかNGなのかに焦点を当てて観察する。合わせて周囲も見る。偏見や先入観なく、初めて見るように観察することで、いろいろなことに気づいて、改善に対するアドバイスができるのではないかと思います。
閉鎖質問と開放型質問
【Close ended question】(閉鎖質問)
 ・はい、いいえ、数字で答えるような質問
 ・選択肢から答えを選ぶような質問
【Open ended question】(開放型質問)
 ・相手が自由に答えることのできる質問

 開放型質問の良いとことは、相手がしっかり言いたいことが言えることだと思います。こちらが想像していなかった情報も得る事ができますし、話してもらう上で解決のヒントが出てくることもあります。
 明らかに何か抽象的すぎて話しにくい時には閉鎖の質問をします。基本的に「はい」か「いいえ」、もしくは数字などで答えられる質問です。こちらの質問ばかりだと尋問されているような印象になってしまうことがあるので、状況に応じて使い分けるとよいと思います。
最後に
 今日は皆さんに教わる体験と、引き出される体験をしてもらいました。それぞれに特徴があったと思います。また直接ファシリテーションとは関係ないですが、ファシリテーションを使って観察力を皆さんと考えました。
 もし私に自分の牧場があって子どもたちを招き入れたら、「おじさんは日ごろから綺麗で美味しい牛乳をたくさん搾る工夫をしているよ、牧場内を自由に見て回ってその工夫を見つけてね!」と言って、子どもたちが見つけてきたことを聞いたり、共有したりしてから牛や牛乳の話をしても面白いかなと思ったりもします。もし体験の場で機会があったらぜひ活かしてほしいと思います。

帝京大学大学院 公衆衛生学研究科 客員研究員 伊藤 優真氏

大学を卒業後、都内の1.5次診療動物病院で6年間勤務。予防医療から夜間救急まで、幅広い疾患の症例を診察。
臨床4年目より、社会人大学院に進学し動物病院における医療コミュニケーションをテーマに研究を行う。
現在は、フリーランスで動物病院で診察を行いながら医療コミュニケーションのレクチャーを獣医師や愛玩動物看護師など医療従事者および飼い主に向けて行っている。

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