スゴいぞ!牛乳。飲んだら、ええよう。  >>>                             



平成26年度 酪農教育ファームスキルアップ研修会(北海道会場)―講演―
平成26年度 酪農教育ファームスキルアップ研修会(北海道会場)が行われました。
「手でふれ、感じ、いのちに近づく 〜視覚支援学校でのわくわくモーモースクール〜」
筑波大学附属視覚特別支援学校
栄養教諭 高瀬 有香子氏


 私たちが生きる上で受け取る情報のうち、視覚からの情報は約83%と言われています。視覚から情報が入りにくいと状況の把握が困難であり、「一目瞭然」がありません。平衡感覚やバランス感覚も乏しく、物がどこにあるかわかりません。本校に通う子ども達は、目が見える子どものように自由に駆け回ることが出来ません。
 そのため運動量が不足し、動作も不安定です。
また酪農教育ファームの体験も含め、まだまだ受け入れてくれる所も少なく、活動、経験の機会が少ないです。様々な経験、情報が不足している子ども達なのです。
子ども達の潜在的な感覚を引き出す授業
 本校では、目が見えないからではなく、視覚以外の持っている感覚を有効に活用した教育を教育目標に掲げています。
 小学3年生の国語で「姿を変える大豆」という授業を行いました。この授業には「焼く」「炒める」「煮る」「茹でる」「つぶす」という言葉が出てきます。まだ調理実習をしたことも無い子ども達はこの言葉の意味を理解出来ません。この授業では実際に大豆を煮たり、焼いたり、茹でてお豆腐にしたりなど体験しながら言葉の意味を学びました。
 本校に通う子ども達の保護者の方は、過保護になりがちな点があります。中学で入学した子ども達の半数はゆで卵の殻をむくことが出来ません。魚や野菜は小さくほぐして食べさせてもらっているので、本来の姿や形も知りません。母親が愛情を込めてやっていることが、逆に子ども達の経験、行動の機会を狭めている気がします。
 授業でゆで卵の殻をむかせてみると、子ども達は、やったことのないことが出来た成功体験、喜びを感じます。卵を食べられなかった子どもが、自分で殻をむいたことで食べられるようになるのです。
 給食で10品目サラダが出た時に、「10品目って何だろう」と問いかけると、子ども達は今まで「10品目サラダ」をただ食べていたのが、におい、食感を考えながら食べるようになります。 そういった中で、味わう機能や、感じる、考える機能を育てられるような献立を立てています。
事前授業で子ども達の興味、関心を高める
 「わくわくモーモースクール」の事前授業では、当日の予定の確認と、何を知りたいか、どこを触ってみたいかなどの目的を持ってもらいました。
乳搾り体験や、牛を触ったことがある子どもは沢山いたのですが、牛のどこを触ったのか、全体像を理解出来ている子はいませんでした。そこで、手のひらサイズの牛のフィギュアを使い、全体像を把握させました。全体像を把握することで、「顔」「お乳」などの位置を理解することが出来ます。フィギュアは3体あり、「どれが子牛か母牛か父牛かを考えながら触ってね」と投げかけました。子牛は小さいのでみんな解りました。メスとオスは半分の子ども達が逆に答えました。それはメスとオスのお乳の位置の違いを知らなかったからです。他には、人間と牛の哺乳瓶の大きさを比べて牛の大きさを感じたり、乳搾りの練習をしたりしました。
 また、子ども達に当日調べたいことを書き出してもらいました。1番多い子で17個も書いていました。
 母牛は赤ちゃんを育てるためにお乳を出すという話はしていましたが、「牛のお母さんは赤ちゃんのための牛乳を人間に取られてしまって悲しいのかな、それとも赤ちゃんが飲みきれない位いっぱいお乳が出るから人間が飲んでくれて嬉しいのか、どっちなのかな」という質問が出て、本当に子どもの感性は豊かだと感じました。
 衛生面に関しては、牛にとっては大丈夫な菌でも人間には害があるものもあること、その逆もあることを伝え、体験の始まりと終わりには手洗いをしっかりしようと説明しました。
「出来なかったことが出来た!」 牛と酪農家さんの不思議なチカラ
 全盲で知的障害の子どもがいるのですが、普段は落ち着きがないのに牛に触る時にはすごく集中して頭、耳、口まで触らせてもらっていました。それまで生き物に全然触れなかった子どもも、自然と牛には触ることが出来ました。私はとても不思議に思いましたが、これが牛の持つ受容力、大らかさなのだと感じ、本当にびっくりしました。
 「酪農家の仕事」のコーナーでは子ども達が事前に考えてきた沢山の質問で、酪農家さんが困るくらいでした。小さい子どもは酪農家さんに体を持ち上げてもらい、頭から背骨、しっぽまで触らせてもらい、大きさを感じていました。冷たいものと思っていた牛乳があったかいということに驚いている子どももいました。においには敏感な子ども達なので、エサのコーナーでは、エサのにおいを楽しそうに嗅いでいました。酪農家さんがエサの事を色々教えてくださり、最後の感想で「人間の食べ残しも、牛は食べて牛乳にしてくれて、すごい」と書いた子どももいました。
 その日、牛に触れなかった子どもも何人かいました。1人は重複障害で普段みんなと一緒に教室にいることも困難な子です。しかし、牛がいる空間にいたいという気持ちがとても強くて、先生が教室に戻そうとしても、ずっと牛のまわりをぐるぐる歩いていました。もう1人は家に帰って「親牛に触りたかったけど、触れなかった。でもみんなは触っていたよ」と話したそうです。
 触れなかったからこの体験は失敗なのかと言うと、そういう事はないと思います。この日は触れなかったけれど、このことが心の中に残り、次回触れた時には牛のあたたかさを感じ、学びが更に深まるだろうと感じました。
障害がある子と接するのが初めてとは思えない酪農家の自然な行動
 その日来て下さった酪農家さんは皆、目が見えない子どもと接するのが初めてで、どう接したらいいかわからず、体験に来るまでとても心配だと話していました。しかし実際には、初めてとは思えないような場面が沢山ありとても感動しました。
 視覚に障害のある子ども達は、「あっち、こっち、それ」などの指示語は解りません。そのことを説明しなくても酪農家さん達は「右、左」と伝わるように言ってくれました。私の配慮不足もあり、当日、子ども達は名札を付けていなかったのですが、酪農家さんが名前を聞いて、体験中は名前を呼びながら声かけをしてくれました。
 全盲の子ども達は、「見えない、分からない」から常に「怖い」という感覚を持っています。無理やり触らせるのはとても怖い事で、やらされた感も強く与えてしまいます。その恐怖感を取る為に私たち指導者は「一緒に触ろう」と言って、手を下に添え一緒に触り「ほらね、怖くないよ」と言いながら、手を抜いていきます。すると子どもは恐怖感なく触る事ができます。
 私達はそのノウハウ知って、スキルとして行っていますが、酪農家の方々は自然にされていることに驚きました。私は他の酪農家さんに会う時に、その話を話していますが、1人の酪農家さんが「私たちは物を言わない牛と毎日接してそれを生業としているのだから出来るのと思います。子ども達が求めている事が分かるというか、自然と出来ます。
 子牛に最初のお乳を飲ませる時も、いきなり哺乳瓶を口に持って行っても飲めませんから、最初は指を吸わせてからすり替えるように哺乳瓶を吸わせます。そういう事と似ています。」と話していて、自然に出来る酪農家さんの力、寄り添う力を強く感じました。
体験授業で子供たちの潜在的な感性があふれだす
 事後学習では「体験を言葉にする」をテーマに酪農家さんに御礼の手紙を書き、自分たちが学んだ事をまとめました。小学校にあがるまで点字、文字を知らなかった1年生の子ども達は、皆がびっくりする位どんどん言葉が出てきていました。作文を書くのがとても苦手で、普段は原稿用紙1枚半位しか書けない子どもも、この時は気付いたら11枚も書いていました。

 今回の酪農体験を通じて、私が大きく感じた事の1つは、子ども達が本来持っている素晴らしいものがあふれ出てくる、表出してくる良いきっかけになったという事。もう1つは、牛、そして酪農家さんが持つ受容力の高さ、子ども達に寄り添う力のすごさです。
 今年の夏休みに、酪農教育の研究をしている先生方の前で、今回の体験授業の話をする機会を頂きました。その時に学校の先生から、今回の体験授業は目が見えない子ども達へのプログラムですが、目が見える健常の子ども達にとってもそのまま使える、有効だという言葉をいただきました。目が見えない、障害があるということで健常の子ども達とは違いますですが、一緒の部分も沢山あり、むしろ障害があるからこそ、その子ども達にとって必要な事も分かりやすいのだと感じました。
筑波大学附属視覚特別支援学校
栄養教諭 高瀬 有香子氏


子どもの頃から「食」について関心が強く、1998年明治大学農学部農芸化学科へ進学。大学在学中は、YMCAで幼児・児童の社会教育活動にボランティアとして携わる。
2001年に大学を卒業し、大手香料メーカーに就職。加工食品用香料の開発・営業業務に従事する。営業時代には、乳業会社(森永乳業)を担当した経歴を持つ。その後、子どもたちの食育を身近でサポートしていくことを希望し、香料メーカーを退職。
2010年に女子栄養大学短期大学部食物栄養学科へ入学して、栄養士・栄養教諭の免許を取得する。2012年に、筑波大学附属視覚特別支援学校に栄養教諭として就職し、現在に至る。
昨年度、関東生乳販売農業組合主催の「わくわくモーモースクール」を、現職の学校で実施したことをきっかけに、酪農教育ファームと関わる。今年度、日本酪農教育ファーム研究会の夏の研究集会では実践発表をし、さらに地域交流牧場全国連絡会の全国研修会でパネラーを務めるなど、活動の幅を広げている。
(C) Japan Dairy Council All rights reserved.