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−ワークショップ−(認証研修会大阪会場)
令和5年度 酪農教育ファーム認証研修会(大阪会場)
ワークショップ
堀北 哲也氏
日本大学生物資源科学部 教授


 大阪の都市部に生まれた私は子どもの頃、田舎の子が都会に憧れるのとは逆に、田舎に憧れ、農業や畜産をやりたいと思っていました。大学は東京農工大学の獣医学科に進み、卒業後、自分では牛を飼うことはできませんでしたが、千葉農済で畜産に関わる仕事を29年間してきました。
動かない親父
 大学を卒業して千葉農済の家畜診療所に配属されました。最初は先輩たちについて回り仕事をしていましたが、半年くらい経ち独り立ちをした時の話です。
 担当地域の農家のおじいさんから「子牛が下痢をしたから見に来て欲しい」と連絡がありました。様子を見に行くと子牛がぐちゃぐちゃに濡れた敷料の上に座っていました。お腹も濡れていて、私は環境が良くないから下痢をしたのだなと思いながら、診察、治療をしました。帰りがけにおじいさんに、「下痢止めの注射を打ったことと、床がぐちゃぐちゃなのが下痢の原因だと思うのから新しい敷き藁と交換してください」と話をしました。おじいさんも「そうだよね、わかったよ」と言っていました。
 翌日行くと子牛は少し良くなっていましたが、床はぐちゃぐちゃのままでした。治療をして、おじいさんに「子牛は回復しているから、明日の治療で終わりそうなことと、やはり床がぐちゃぐちゃなのが良くないので藁を交換してください」と伝えました。「昨日は忙しくてできなかった、ごめんね」と言っていました。
 3日目、子牛は順調に治っていましたが床はぐちゃぐちゃのままでした。治療して時間があったので、おじいさんと一緒に藁を替えました。「また汚れると思うので、汚れたら綺麗にしてください」と伝えて帰りました。
 それから3週間ほど経った頃、おじいさんからまた子牛が下痢をしたと連絡があったので行ってみると、前回と別の子牛が下痢をしていました。皆さんご想像の通り床がぐちゃぐちゃでした。
 環境が悪いことが下痢の原因ではないかとアドバイスをしましたが、おじいさんは「そうだね、やっておくよ」と言いながら動いてくれませんでした。そのことを先輩に報告すると、先輩はそのことを知っていて、「言ってもやってくれないから、もう言わないんだ」と言っていました。若い時の私はそんなことでよいのかと思いましたが、半年後には何も言わなくなっていました。
 ここで思ったのは「動かない親父」というキーワードです。
 私は大学で動物の病気や予防について一生懸命勉強をしましたが、獣医師と動物の間に飼い主がいることは卒業してから気が付ついたのです。大学では飼い主にどう話しかけたらよいか、どうアドバイスしてあげたら動いてくれるかということを勉強してこなかったのです。
 その後、「ファシリテーション」を知り、実際に農家さんを対象にワークショップを行いました。ファシリテーションという方法でアプローチをしていくと、動かなかった農家さんが動いてくれるようになっていったのです。
ファシリテーターとは?
 「酪農家教育ファーム活動」とは「酪農を通して食やしごと、いのちの学びを支援する」ことを目的に、「酪農教育ファームファシリテーター」が、牧場や学校等で、主に学校や教育現場等と連携して行う、酪農生産に係る作業等を通じた教育活動には酪農体験学習マニュアルと定義されています。
 キーワードは「食」や「しごと」や「いのち」の学びを「教える」のではなく、学びを「支援する」ということです。その支援をする人のことをファシリテーターと言います。私たちは教えるのではなく、子どもたちが自発的に学ぶように支援する、学ぶように促してあげるというところがポイントです。
教えられる体験と引き出される体験
 豚を題材に授業形式(教えられる)とワークショップ形式(引き出される)の2つの形式を体験してもらいます。
 2つの形式を体験して、どういう違いがあるか、比較してください。
授業形式(教えられる):豚について授業の様に講師の話を座って聞く
ワークショップ形式(引き出される):自己紹介ゲームをした後、講師から投げかけられた豚の質問について考え、それを共有。

2つを体験して(参加者の感想)
教えられる体験

■効率的に確実な知識が身につく
■新しい知識を受け取るが、その時だけで忘れてしまう
■聞いてるだけで発言が少ない、脳に定着しずらく忘れてしまう
引き出される体験
■時間がかかる
■答えを考えたり共有することで、自分にない考えや答えを手に入れることができる
■問われていること判断しようとするので、よく観察、考える
■楽しく学べて頭に残りやすい
■必ずしも正解ではない
 「教えられる場合」「引き出される場合」には、それぞれ長所短所があります。
 引き出すことは、少し時間がかかったり、引き出された答えが必ずしも正解ではないので、実際の体験では効率よく教えることもすると思います。ですが、やはり来た人が自ら発言したり、考えたり、それを共有して、またいろいろな人と話をして、よく観察してもらって楽しく頭に残る学びを促してあげたい。そうすることで知識が定着します。
 「引き出される場合」の時には、まず自己紹介や世間話をする時間を作り話しやすい場の雰囲気を作りました。自己紹介をするまでは不安があったと思いますが、話してみて相手を知った後は、安心したのではないでしょうか。安心して自由に気軽に話せる雰囲気でないと、なかなか発言できません。顔が見えるように机を向かい合わせたり、輪になったり、野外ではきちんと話声が聞こえるようにするなどの場づくりが大事です。
 「振り返り」「共有」も大事なポイントです。観察して、また体験してどうだったかを振り返り、その振り返ったことをみんなで共有することを促します。振り返りを共有する時間を作って欲しいと思います。
観察力「見えているのに見えていない」
 動物を扱う仕事は観察力が命です。家畜診療所にいた頃の私の悔しい体験談を話します。
point1:「ブルーシート」
農家さんから子牛が風邪ひいたと連絡があったので見に行くと、熱もありとても悪い状態でした。その日は、抗生物質や栄養剤を注射して帰りました。
私が所属している診療所では数人の先生で地域を回っているので、翌日はA先生が見に行きました。夕方、診療所に戻るとA先生が「昨日と同じ注射を打って、状態はだいぶ良くなっているよ」と子牛の状態を報告してくれました。また、「子牛がいるところに掛かっているブルーシートの裾がボロボロで、そこから冷たい風が入ってきて、風邪をひいたのかもしれないから、ブルーシートを補強して風が入らないようにした方が良いですよと農家さんに言ってきたんだ」と言うことでした。
私もブルーシートがはためいて風が入っているのを見ていたし、それが風邪の原因だということも認識していたのに、意識に残っておらず、農家さんにアドバイスできませんでした。
point2:「ミルクが入ったバケツ」
少し経った頃、また同じ農家さnから子牛が下痢したという連絡があり、行ってきました。
前回のことがあったので、隙間風はないかなどいろいろ気にしながら、治療を行いました。特に気になるところなく、アドバイスすることもなく帰りました。
次の日は、またA先生がその農家さんのところへ行き、夕方、診療所で状態を聞きました。
「前回と同じでだいぶ良くなっているから、明日また注射を打てばいいねと話してきたよ。あと、農家さんにどんなミルクをあげているのか聞いたら朝搾ったミルクをあげていると言っていたけど、バケツに入れて常温で保管しているミルクを夕方にもあげているみたいだから、真夏ではないけれど、冷蔵庫に入れるか、沸かしてからあげた方が良いとアドバイスしてきたよ」と言うことでした。
今回は下痢だから口に入れるものにも注意しなければいけなかったのに、バケツも見て、おそらくミルクが入っているんだろうと思っていたのに、意識に残らず帰ってしまいました。
 病気の原因は分かっているのに、環境や口に入れるものを見逃して、農家さんにアドバイスをすることができませんでした。どうしたら良いでしょうか。
見逃さないようにするには?
■何かが起きる時には必ず原因があるから、その原因をメモしておく(忘れないように見る)
■基本的な事項を再確認する
■環境を見て不安なところを解決する
■自分の持ってる知識と現場の様子で、繋がるところを1個でも見つける
■「そういえば」を引き出す
引き出す「質問」とは?
 質問には「閉じた質問、限定質問(Close ended question)」と「開いた質問、拡大質問(Open ended question)」があります。
 閉じた質問は、「はい、いいえ」や数字で答えられる質問、あるいは選択肢から答えを選ぶような質問です。これは絞り込んだり、こっちから聞きたいことがある時に使う質問です。普通に質問していると8割ぐらい閉じた質問になるそうです。
 一方、開いた質問は相手が自由に答えることができる質問です。例えば、「どうして○○がすきなのですか?」というような質問です。「どうして?」と聞くと相手は考えます。開いた質問は相手の思考を促します。そしてこちらが予想していない答えが返ってくる場合があります。開いた質問が多くなることはないのですが、適当な頻度で、開いた質問を挟み込んでいければ良いなと思います。
 例えば、まず閉じた質問で「牛のお乳はいくつあると思う?」と聞き、答えが返ってきたら「どうして4つあると思う?」と開いた質問をする。そうすると「どうしてかな」と考えます。上手に質問を使い分けると良いと思います。
最後に
 今日私が皆さんにファシリテーターとしてやったことは、まず話しやすい雰囲気を作る、場づくり。そして質問などの声かけ。開いた質問を投げかけ、皆さんが考えて気づいたことを共有したり、振り返ったりして学びを深めてもらいました。
 ぜひ皆さんの農場に人が来た時にはファシリテーターとして、今日学んだことを自分なりの方法で「支援すること」を実践していただければと思います。
 もし私に自分の農場があったとしたら、子どもたちに「おじさんは清潔で美味しい牛乳をたくさん搾る工夫を牛舎、牛たちにしているから、あちこち歩きまわって観察してみて」と投げかけ、子どもたちから返ってきた答えに「どうしてそう思うの?」と聞きながら、みんなと一緒に共有して、学びを支援したいなと思っています。

日本大学生物資源科学部 教授 堀北 哲也氏

1960年 大阪生まれ
1986年 東京農工大学修士課程修了
  〃  千葉県農業共済組合連合会(ちばNOSAI連)
2005年 岐阜大学大学院連合獣医学研究科にて博士号(獣医学)
2015年 千葉県農業共済組合連合会(ちばNOSAI連)退職
  〃  日本大学生物資源科学部獣医学科教授
    (獣医産業動物臨床学研究室)
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