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令和2年度 酪農教育ファーム実践研究集会−実践発表2−
実践発表2
「小泉牧場物語」
筑波大学付属小学校 由井薗健


 『「より良い学校教育を通じてより良い社会を創る」という目標を、家庭と地域が共有し、学校において身につけさせるべき資質・能力を具体化、明確化し、家庭と地域との連携・協働によりその実現を図っていくこと』の重要性が、文部科学省より示されました。
 私はこの「より良い社会を創ること」に必要な資質・能力を、「みんなが幸せになるために、どうすれば良いのかを問い続けること」であると捉えています。
 今回の実践では、小学3年生における「小泉牧場物語」の実践を通して、みんなが幸せになるためにどうすれば良いのかを問い続け、家庭や地域と連携・協働しながら育成するポイントについて提起したいと考えています。

劇「小泉牧場物語」
 3年生のある女の子のお別れ文集の文章を紹介します。(抜粋)
 私たちは創立記念式典で劇、「小泉牧場物語」を上演しました。この劇が誕生したきっかけは、社会の授業で学び、何度も現地へ行ったからです。最初に先生から「東京23区に牧場あると思いますか?」と聞かれた時は、正直よく分かりませんでした。みんなで調べたり、話し合ったりした結果、練馬区の西武池袋線大泉学園駅に44頭の牛を育てている23区でたった1つの牧場「小泉牧場」を発見したのです。
 初めて小泉牧場に行った時はたくさんの発見がありました。牛の大きさ、鳴き声、子牛の可愛さや牛舎に大きな屋根があること驚くことばかりでした。

 その中で1番驚いたことは牧場の周りに家がいっぱいあるということです。なぜなら、「公園のように広く草がいっぱいある所に、牛は放し飼いされているというのが私の牧場のイメージだったからです。
 小泉牧場は練馬区大泉学園にある東京23区唯一の牧場で、生乳の生産に加え、牛乳やアイスミルクを製造し、販売しています。小泉牧場は1935年に初代小泉藤八さんが開業、その息子である與七さんが二代目を受け継ぎ、現在は孫の勝さんが三代目として経営の中心となり50頭近くの乳牛を育てています。また地域の人たちに向けて酪農体験や食・いのちの教育も行っており、練馬区の地域のシンボル的存在になっています。
 私はクレームを言う町の人の役でした。昔、問題になっていた「町の人からのクレーム」という場面です。
 私は町の人たちが小泉牧場の匂いや鳴き声の理由を理解して、しぼりたてのアイスミルクを作ることを勧めた後に「チョコチップとか抹茶味とかいろんな味があると嬉しいね」というセリフに力を入れました。牧場に文句を言っていた人が応援してくれる人に変わる場面だからです。


 小泉牧場が地域の人たちに地域のシンボルとして受け入れられるまでには多くの苦労がありました。
 1970年代、高度経済成長とともに牧場周辺がベッドタウン化しました。最盛期には23区内に約120戸あった酪農家が激減するとともに、小泉牧場は地域の人たちから「臭い」「汚い」「うるさい」など、まるで公害のように扱われるようになってしまいました。
 しかし、1990年代、地元の小学校の受け入れたことをきっかけに地域の人たちとも交流が生まれ、小泉牧場は多くの人たちが酪農と触れ合える場に変わっていきました。
 地元の店から、コーヒー豆の搾りかす(消臭に使用)やおから(配合飼料の一部に使用)を無償で提供してもらえるようになりました。逆に、小泉牧場からは地元の農家に、肥料として使える牛の食べ残しを無償で提供するようになったそうです。
 劇の本番は緊張したけれど想像していたよりもずっと素晴らしい「小泉牧場物語」が出来上がりました。その成功はクラス全員の気持ちが1つになったからだと思います。

 劇の最後で子どもたちが聞きます。「勝師匠(小泉勝さん)はどうして23区で牧場を続けるの? もっと広くて自然なところがあると思うのだけど?」「おじさんは、大泉の町や町の人が好きなんだ。今は町の人からクレームが来たことはない。今では町の人がエサになる豆腐の搾りかすやおからをタダで分けてくれるよ。それにみんなが牛や牧場やいのちのことを一生懸命学んで、感じてくれるのが嬉しいんだよ」「勝師匠ありがとうございました」と、小泉牧場物語が終わります。
人の意見を受け入れ、自分の考えに自信を持つ
 今回の実践は、社会科と総合的な学習の時間で行いました。小泉牧場への複数回の見学を通し、まずは勝さんの仕事の工程に着目させることから始めました。
 子牛とのふれあいやエサやり、乳しぼり体験などを「小泉勝さんの1日」という資料と関連付け、「勝さんが1番大変な仕事は?」という学習問題を成立させました。
 「1番大変な仕事は?」について、ある子は1日5回も行う牛舎の掃除だと言い、ある子は50頭近くの牛に全て異なるエサを用意するエサやりだと言い、またある子は出産と言いました。子どもたち1人1人が大変だと思う仕事やその根拠は微妙に異なっています。
 子どもたちは牛や酪農についての具体的な事実を、本やインターネットなど思い思いの方法で調べ、調べた事実を「小泉勝さんの1日」の資料に肉付けしていき、時には保護者とも話し合いながら、自分の考えをより確かなものにしていきました。
 白熱した話し合いの最中、ある男の子から「僕は小泉牧場の歴史を調べたけど、1番大変な仕事はこの23区で牧場を続けていることではないか」と、他の子どもたちと全く違う発言も出てきました。
 この問題を勝さんに聞くと「1番と聞かれたら出産だけど、確かにそう言われるとこの牧場自体を続けることそのものかもしれないですね。」というコメントが返ってきました。
 ここから「勝さんたちが町で牧場を続けることができた決め手は?」という新たな問題を成立させることができました。子どもたちはまた考え、決め手を挙げましたが、ここでも1人1人が考える決め手やその根拠は微妙に異なっていました。
 しかし授業では1人1人が自信を持って自分ならではの考えをもとに話し合う姿が見られました。この話し合いから1人1人の考えてきた決め手が互いにどれも繋がりあっていて、かつて地域から公害扱いされていた小泉牧場が地域のシンボル的存在に生まれ変わっていったという事実が見えてきました。
 5度目の勝さんへのインタビューを経て学習問題を解決した後、これまで学んだことをもとにみんなで劇を作って東京23区唯一の牧場である「小泉牧場の物語」を伝える学習に発展してきました。この劇は、小泉勝さんや保護者への感謝の会などで3回も上演することになりました。
 大多数の利益のために少数が犠牲になる、今回の事例でももしかしたらそういうことが言えるのかもしれません。それは本当にしょうがないことなのか? みんなが幸せになるためにどうすればいいのかを問い続けることこそが、これからの社会を生き抜く子どもたちが育むべき資質・能力だと考えます。
 授業においては「勝さんが1番大変な仕事とは」など、本人に尋ねないと解決できないことを問う学習問題を成立させることにより、子どもたちと同じ土俵で話し合えるようにしました。つまりお家の人も巻き込み、一緒に考え、話し合い意見を聞くようにしたのです。
信頼され、認められることが子どもの資質・能力を育む
 資質・能力は、「その資質・能力を発揮せざるを得ない時」に育まれると思います。その瞬間を教師や友だちが認めるだけでなく、保護者や地域の大人からも認められるように活動を構成し、子ども自身が認めてもらったと実感できるようにしてくことが大事だと思っています。
 小泉牧場には5回行きましたが、だんだんと活動をステップアップして子どもたちに自信をつけさせるようなプログラムを組みました。いきなり乳しぼり体験をすると怖がってしまうこともあるので、まずは子牛とのふれあいからステップアップしていきました。もちろん3回目ぐらいでもまだ牛が怖くて触れない子もいました。そんな子に対しては声かけをしたり、触れるようになったら褒めたり、いいこと言うねと認めてあげたりしました。資質・能力は多くの大人から期待され、信頼され、見守られ、認められることによってより育まれていくのではないでしょうか。
質疑応答
Q.地域の方が小泉牧場の応援団に動いた理由を教えてほしい
A.きっかけは1990年代、総合的な学習の時間で地域の小学校が牧場に来たことだと思います。家に帰った子どもたちが親に、「牛は1日に30 kg糞をするんだよ!」とか「赤ちゃんを産まないと牛乳が出ないから、産む時の鳴き声や赤ちゃん牛の泣きが聞こえるんだよ!」と言うわけです。そうすると大人たちが次の土日に牧場へ訪ねてくる。また、酪農教育ファームの取り組みもあり、説明会などを行って地域の方々の理解を得たということです。
 今度は逆に町の人が、「23区に牛がいることは実はすごい!都会の中で搾りたてのアイスミルク作ったら?」と提案してくれて、売るようになって、色んなこところで紹介されて、町のシンボル的存在なったということです。

Q.子どもたちは自分と異なる意見をどのように受け入れたのか
A.異なった意見が実は繋がっているということに気付いたからだと思います。
例えば「町の人たちが応援団になった決め手」で出た意見は、牛舎の掃除を5回やっているからだという子もいれば、町の人に説明会を開いたこととか、アイスミルクを作ったからだという子もいましたが、意見の根拠、その根拠が繋がっていたということが分かって、実は全部繋がっていると言うことになり、最終的に町の人も牧場の人たちもwin-winだね!という気づきになりました。

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