祖父の開拓精神を受け継いでいく

エンジニアになることが夢だった中学生時代。

高校で育てた牛が品評会で入賞し、酪農の世界に夢中になった。

開拓で入植、ゼロから牧場を立ち上げた祖父の想いも

三代目として、しっかりと受け継いでいく。

まさかの入賞が後継者になる覚悟につながった

栃木県・那須町の観光地にある石川牧場。石川正勝さん(36歳)は、22歳のとき、祖父の代から続くこの牧場を継ぎました。地元の農業高校に進学し、酪農を学んだ正勝さんでしたが、当時は牧場の後継者になるつもりは、「ぜんぜんなかった!」そうです。
「将来はエンジニアになりたかったので工業高校を志望していたんだけど、先生から『オマエの成績じゃムリ』って言われて。それで農業高校に進学しました。しかたなくって感じだったけど、3年生のとき世話をしていた牛が『共進会』で入賞したんですよ。うれしかったなあ。それではまっちゃったんです、酪農に」 高校を卒業後、県の農業大学校で2年、北海道の牧場で1年の研修を経て、晴れて後継者に。
「北海道での研修を終えてから、アメリカの牧場でさらに研修する話もありましたが、それより早く家に帰って自分の牛を育てたかった。共進会に再度チャレンジしたいという思いもありました。だから、北海道で牛を1頭購入して帰ってきました。いい牛だったんですよ、この牛をもとに、一から育ててみたくてね」
新米酪農家として、初めて自ら選んだ牛とともに那須に戻ってきた石川さん。思い切って古い牛舎を建て替え、牛の頭数も増やしました。
栃木県出身の文子(あやこ)さん(36歳)と結婚したことで、三代目としての覚悟はさらに確かなものになりました。小さいころから動物が好きだった文子さんは「牧場のお嫁さん」になるのが夢だったとか。石川家の近くの牧場で働いているときに正勝さんと出会い、ゴールイン。見事に夢をかなえたというわけです。

「共進会」ってなに? 吹き出しをクリック
牛をお披露目する品評会

「共進会」とは牛の品評会のこと。手塩にかけて育ててきた牛のお披露目の場でもあります。高校時代、まさかの入賞を果たしたことが酪農を継ぐきっかけとなった正勝さんですが、じつは文子さんも共進会が好きで、力を入れていました。昨年は、カナダのトロントで開催された世界最大の酪農業博覧会「ロイヤル・ウィンターフェア」への視察に行かれたほどです。今は日々の仕事が忙しく、なかなか共進会には参加できませんが、今年は7年ぶりに参加し、優等賞を受賞したそうです。

1頭1頭を大切に育てる

石川牧場の現在の経営規模は、搾乳牛95頭、育成牛60頭。広々とした牛舎は、牛たちが自由に動き回れる「フリーバーン式」です。牛たちは、えさの牧草をのんびり食べたり、自動で動くブラシのところへ行き体や顔をブラッシングしたり、寝そべったり、思い思いに過ごしています。中央の通路を挟んで搾乳中の牛と、それ以外の牛に分かれており、搾乳エリアには「スイングパーラー」という12頭の牛がいっせいに搾乳できる機器が設置されています。
牛たちのえさは、サイレージ(発酵させた牧草)と、配合飼料と牧草をミックスしたご馳走である「TMR」。石川さんは、毎日、牛たちの健康に細かく気を配っています。
「サイレージは常に食べられるようにしているけど、TMRを与えるのは夕方だけ。そのときの食べっぷりとか表情をよく見て、牛たちの健康管理の参考にしています」
栄養価の高いTMR以上に石川さんがこだわっているのはサイレージのほう。繊維質の多い草を「よく噛む」ことが牛の健康にもいい影響を与えるため、サイレージにする牧草は細かく裁断せず、長い状態のまま発酵させるようにします。
一方、文子さんは牛とのスキンシップを大切に世話をしています。文子さんが呼ぶと、いっせいに牛たちが集まってきました。牛たちに声をかけながら体をなでたり、牛たちになめられたり。本当に牛が大好きなのでしょう。文子さんは主に子牛の育成を担当しているため、牛が大きくなってからも1頭1頭を識別できるそうです。
「この子は小さいときから甘えん坊でいたずら好きなんです。かまってもらいたいんでしょうね」
話すさきからじゃれつかれている文子さん。正勝さんいわく、「仕事をしているのか、遊んでいるのか分からん」、です。

スキンシップを大切にする文子さんの仕事  吹き出しをクリック
まるで、わが子のように

子牛は生後3か月まで群れから離し、文子さんの手で育てます。その際、とくに気をつけているのは人を怖がらない牛にすること。
「群れに入って搾乳が始まってからは人と接することになるので、人に慣れさせておかないと牛たちは常にストレスを感じるようになるんです。ですから、仔牛のときからスキンシップの時間を充分にとることが大事です」
わが子のように牛たちと接している文子さん。それゆえに、搾乳を終えた牛を手放すときはつらいのではないでしょうか。
「最後は、ありがとうねって送り出してあげたい。そのためにも、牧場にいる間は健康で元気に過ごしてもらいたいですね」

開拓精神を受け継ぎ、伝えていく

石川牧場では、父の正嗣(まさつぐ)さん(61歳)が経営を担い、牧場の管理全般は正勝さんが行っています。親子ゆえ、牧場運営について些細なことで衝突することもありますが、お互いの領域を心得て上手に役割分担してきました。
「食品が安全・安心なのは当然のこと」という正勝さんは、生乳の品質に常に細心の注意を払い、東日本大震災で被害を受けた東北・関東地域の仲間の分まで頑張ろうという気持ちでおいしい牛乳を作り続けています。
今では二児の父である正勝さん。子どもたちの未来に思いを馳せます。大型トラクターに乗るかっこいいお父さんが大好きな長男は、作文に「将来は酪農家になりたい!」と書いたそうです。父の姿を見て育った子どもたちが「跡を継ぎたい」と言ってくれることは、何にも代えがたい喜びです。
「そうはいっても、まだ11歳なので、先はどうなるか分からない。でも、無理に継がせるつもりはないんですよ。
本人が本当に望んでくれなきゃ任せられない」
その思いは、文子さんも同じです。
「私たちが大切に大切に育ててきた牛です。たとえ息子でも、ちゃんとした意志がないと安心して任せられません」
正勝さんの祖父は開拓でこの那須の地に入り、原野を切り拓くことから牧場を立ち上げました。その苦労を幼いころから聞いてきた正勝さんは、息子たちにもその精神を語り継いでいくつもりです。
「世代や時代ごとに酪農技術は変わって進歩していくでしょうが、ゼロから牧場を始めた祖父たちの開拓精神を忘れてはいけない。それを伝えていくのも私たちの務めかなと思いますね」

牧場名
石川牧場
牧場主
石川正嗣
所在地
〒329-3200 栃木県那須郡那須町大字高久丙4518-11
家族数
7名
従業員数
3名
酪農開始年
1955年
飼養頭数
経産牛95頭、育成牛60頭
牛舎
フリーバーン