伝えたい 命の大切さと感謝の心

今日は牧場体験の日。60人ほどの小学生たちが集まってきた。

初めての乳搾りに興奮したり、バターづくりに悪戦苦闘したり。

それでも、子どもたちはいきいきと楽しそう。

学校では学べないことが、牧場にはたくさんあるから。

ソーセージにも“3つの命”がある

「みんなが大好きなソーセージには、3つの動物が使われています。さて、どんな動物かな?」
突然のナゾナゾに「え、なになに?」と興味津々の子どもたち。 「答えは牛と豚、そして羊。牛と豚のお肉を羊の腸に詰めてソーセージは作られています。だから、3つの命をいただいているんだよ」
人見みゐ子さん(63歳)が運営する牧場で開かれている体験学習の始まりです。栃木県・那須塩原市にあるこの牧場は、名前を「体験館“TRY”TRY“TRY”」といい、さまざまな牧場体験を通じてたくさんの大切なことを子どもたちに伝えてきました。
この日、牧場にやってきたのは地元の黒磯小学校3年生の児童たち。毎年、当小学校の3年生はみゐ子さんの牧場でソーセージづくりや乳搾り、バターづくりなどを体験します。
「牧場体験を通して伝えたいのは命の大切さと感謝の心です。ですから、搾乳を終えた牛は“と場”に運ばれて肉になることもちゃんと伝える。子牛を育てるために母牛が与えている乳を私たちがいただいているように、たくさんの命のつながりのなかで、人間も生かされています。ご飯を食べるとき、自然と『いただきます』と手を合わせるような子になってほしいと思いますね」
ソーセージづくりの次は乳搾り体験です。「フワフワしてあったかい!」「ギュっと搾らなくても出てきたよ」などなど、初めての乳搾りに子どもたちは興奮気味の様子。そんな子どもたちを前にみゐ子さんが語り始めたのは、なんと、牛の「うんこ」の話。

「牛のうんこ」のお話 吹き出しをクリック
牛のうんこって、くさくないんだあ

「今日、この牧場に来て、うんこくさぁ〜いって思った子もいるかもしれないけど、牛のうんこはね、くさくないんだよ。ほら、かいでみて」。
みゐ子さんの言葉を聞いて、牧場スタッフが手にしている牛のうんこに恐る恐る鼻を近づける子どもたち。すると、異口同音に「ホントだ、くさくないね」。
「じゃ、こっちをかいでみて」と、次に手にしたのは牛のえさです。すると、「ヘンなにお〜い!」。発酵した牧草の独特の匂いがします。
「そう、みんながくさいと思った匂いの元は、うんこではなくえさなんです。牛はね、このえさ、牧草を食べて、4つの胃袋で時間をかけて消化して、おいしい牛乳をつくってくれるんだよ」
うんこをたとえに、牛のこと、酪農のことを分かりやすく説明したみゐ子さん。体験館を開いたそもそもの契機は、この「酪農のことを知ってもらいたい!」という切なる想いからでした。

女性がいきいきと働く酪農をめざして

みゐ子さんは那須塩原市の人見家に嫁ぎ、24歳のときに義父から酪農を任されました。夫の幸雄さん(65歳)は当時、電機関係の会社を経営していたため、牧場主は妻であるみゐ子さんです。牛の頭数を増やすなど、徐々に規模を拡大しましたが、当時は牛乳の過剰生産のため、出荷調整が行われました。
仲間が酪農をやめていくと同時に、牧場の周辺は別荘開発が進行。別荘を利用する住民から「牧場がくさい」とクレームも聞かれるようになります。
「糞尿がくさいって誤解されてね。だから逆に牧場をオープンにして周囲の人たちの理解を得るようにしました。牛舎に絵を描いたり、花壇をつくるなど環境を整備していったら、『この牧場は見学や体験もできるんですか』って聞かれるようになったんですよ。そのころから少しずつ見学者を受け入れるようになりました。牛乳を使ったお料理も教えたりしてね」
さらに転機となったのは、1996年に海外研修でスイスとドイツの酪農家を訪ねたこと。農家に泊まったり、体験などを取り入れたグリーンツーリズム(農山漁村地域において自然、文化、人々との交流を楽しむ滞在型の余暇活動)について学んできました。
「ヨーロッパでは、自家製の牛乳でチーズを作って販売したりと、とくに女性がいきいきしていたのが印象的でした。私がめざす酪農経営がそこにあったんです」
グリーンツーリズムへの夢を育み、99年に体験館をオープン。2001年には「酪農教育ファーム」にも認証されました。

酪農教育ファームについて、詳しくはこちら

食べることは、生きること

みゐ子さんは、体験学習の最後に那須の民話を栃木弁で語り、こう締めくくりました。
「今日ここで見て、体験して感じたこと、学んだことを友達や家族のみなさんにも伝えてくださいね」
みゐ子さんは、子どもたちに「食べること、生きること」の基本を身につけてほしいと願っています。その背景にあるのは、みゐ子さん自身の幼いころの記憶。
「父も母も、土を耕して生きてきました。豊かではなかったけど、畑で採ってきた野菜の料理はホントにおいしかった。お店に並んでいる野菜にも、作り手が必ずいます。作る人を思う想像力があれば、食べものも命も粗末にはできないでしょ」
そして、暮らしに“ゆとり”を持つことの大切さも、農業を営んでいた両親から学んだそうです。必要以上に稼ぐよりも、大切なのは心の充足感だと。みゐ子さんの牧場は現在、夫と、後継者として就農した次女夫妻の4人で運営していますが、今以上に規模を広げることは考えていません。
「この規模が私たちにはちょうどいい。これ以上増やすと、体験学習の受け入れがおろそかになります。子どもたちとの交流を大事にしたいですから」
那須塩原市は、本州一の牛乳の産地。しかし、東日本大震災以降、酪農をやめてしまった農家が何件かあったそうです。そんななか、「おいしい牛乳をありがとう」、「がんばって続けてね」という消費者の方々からの言葉が強い力になったといいます。「仲間とともに励まし合って、地域の農業を守るために全力を注いでいきたい」というみゐ子さん。学びの場でもあり、健康と元気の源でもある牧場を、持ち前の明るさとパワーで守り続けます。

体験学習「バターづくり」の様子  吹き出しをクリック
体力勝負(?)の手作りバター

乳搾りを体験した子どもたちは、そろそろお腹が空いてくる時間に。でも、お昼ごはんまでに、もうひと仕事しなくてはなりません。それは、バターづくり。牛乳と生クリームの入った小さなプラスチック容器を、ひたすら振り続けるのです。
みゐ子さんは子どもたちに言います。
「振ることで乳脂肪分が固まってバターになります。だから一所懸命に振らないとバターにはならないよ。このバターをぬってパンを食べたいなら、がんばらないとね」
つまり、自ら働かなくては、食べられないということ。バターづくりを通して、働くこと、仕事をすることの厳しさも子どもたちに伝えています。
振り続けること30分以上。うまく固まらない子、手が疲れてしまった子もいて、引率の先生たちも一緒にみんなで励まし合ってバターができあがりました。さて、お楽しみのランチタイムです。みんなで作ったソーセージと、みゐ子さんが調理した「牛乳すいとん」も並びました。小麦粉を牛乳でこねたお団子とたっぷりの野菜が入った牛乳すいとんは、酪農家ならではの家庭料理。苦労して作ったバターは、きっと格別の味でしょう。たくさんの命に感謝して、「いただきます!」。

牧場名
体験館“TRY”TRY“TRY
牧場主
人見みゐ子
所在地
〒 栃木県那須塩原市戸田74-2
家族数
7名
従業員数
4名
酪農開始年
1957年
飼養頭数
経産牛23頭、育成牛25頭
牛舎
つなぎ